研究の背景

近年、海外では、3Dプリンターの建設工事への適用が急速に進んでおり、我が国でも、ここ数年で、建設3Dプリンティングの研究開発の機運が高まってきています。
建築工事に3Dプリンティングを導入する目的は生産性向上や省人化・省力化だけではありません。BIMを基盤とするデジタル設計のプロセスに3Dプリンターを接続することにより、建築の一連のプロセス全てを、シームレスで完全にデジタル化されたプロセスに移行することができます。また、複雑な形状の造形が可能となり、建築デザインの自由度が飛躍的に拡大するとともに、個々の建築物のカスタマイズも容易になります。このように、建設3Dプリンティング技術は、今後の建築そのもののあり方にパラダイムシフトをもたらす可能性を秘めています。   
このような背景から、寺西研究室では、現在、3Dプリンターでセメント系材料を押し出して建築物を造形する技術の開発に関して、次のような課題に取り組んでいます。

3Dプリンティングのための高いチクソトロピー性を有するモルタルの開発

建設用3Dプリンターの場合、プリンティング材料に対して、ホース内を圧送されるときには流動性(柔らかさ)が要求される一方で、ノズルから吐出された後には積層物が自立できるという性能(硬さ)が要求されます。このトレードオフの関係にある2つの性能を材料レベルで両立させるためには、プリンティング材料に高いチクソトロピー性(力が作用すると材料が軟化し、力が消失すると材料が硬化する性質)を付与することが一つの解決策になります。
これらのことから、寺西研究室では、まず、セメント系材料のチクソトロピー性を評価する方法を考案し、そのうえで、3Dプリンティングのための高いチクソトロピー性を有するモルタルの開発に取り組んできました。また、圧送時のホース内での閉塞防止に配慮した3Dプリンティング用モルタルの調合設計法などについても整備してきました。さらに、このような高チクソトロピー性タイプの3Dプリンティング用モルタルとは別に、硬化促進剤により水和を促進させて自立させるような、急硬タイプの3Dプリンティング用モルタルの開発にも取り組んでいます。

[既発表論文]

3Dプリントモルタル積層体の層間の付着強度および耐久性の検討

押出し方式の3Dプリンティングは層を積み上げていく工法であるため、層間が一体化しにくく、その付着強度が従来の鉄筋コンクリート造の引張強度より小さくなってしまうことが懸念されます。そして、3Dプリンティングで積層された建築物を従来の鉄筋コンクリート造建築物と同様の用途に使用しようとした場合には、このことが構造上および耐久性上の弱点になってしまう可能性があります。
これらのことから、寺西研究室では、層間の付着強度や耐久性が低下しにくいような積層方法について検討しています。また、3Dプリンティング用モルタルの層間付着強度をより積極的に向上させるための検討も併せて行っています。

[既発表論文]

  • 建設3Dプリンティングに用いるモルタルの強度特性に関するいくつかの考察,コンクリート工学年次論文集,2022年
  • 積層条件が3Dプリントされたモルタル積層体の層間付着強度および耐久性に及ぼす影響,コンクリート工学年次論文集,2024年
  • 3Dプリントされたモルタル積層体の層間付着強度および耐久性に対する積層条件の影響(その3.積層幅,積層高さおよびギャップタイムの影響を調べる実験の概要),日本建築学会大会学術講演梗概集,2024年
  • 3Dプリントされたモルタル積層体の層間付着強度および耐久性に対する積層条件の影響(その4.層間の付着・せん断強度および吸水特性に対する積層条件の影響),日本建築学会大会学術講演梗概集,2024年

3Dプリントモルタル構造体の引張補強方法の検討

建設用3Dプリンターの場合、現状では、モルタルの積層と同時に鉄筋を配置していくような技術は開発されていません。したがって、3Dプリンティングで積層された建築物を従来の鉄筋コンクリート造建築物と同様の用途に使用しようとすると、何らかの手段で鉄筋の代替となるような補強を施すか、あるいは、プリンティング材料自体の引張強度を高める必要があります。
これらのことから、寺西研究室では、3Dプリンティングのための高い引張強度を有するモルタルの開発に取り組んできました。また、シート状や格子状の炭素繊維補強材により3Dプリントモルタル構造体を補強する方法についても検討を進めています。

[既発表論文]

3Dプリント造形物へのコンピュテーショナルデザインの適用

コンピュータを駆使して複雑な形状を自動生成するコンピュテーショナルデザインの手法は、生成された造形物の建設に多大な手間とコストを要することから、これまで建築物への適用は限定的でした。しかし、型枠なしで複雑な形状の造形物を一品ごとに建設できることが特徴の建設3Dプリンティングであれば、コンピュテーショナルデザインで生成された建築物を従来工法に比べて容易に造形できます。これらのことを踏まえ、寺西研究室では、トポロジー最適化やジェネレーティブデザインといったコンピュテーショナルデザインの手法を3Dプリント造形物の設計に適用するための基礎的な検討を行っています。
また、セメント系材料を用いた押出し方式の3Dプリンティングの場合、オーバーハング(張り出し部分)の形成可能な角度の限界が3Dプリント造形物の設計自由度を制約する支配的な要因になり得るものと考えられますので、その限度を調べるような検討も行っています。

[既発表論文]

  • 3Dプリント造形物へのコンピュテーショナルデザインの適用(その1.3Dプリンティングで造形するベンチへのトポロジー最適化の適用),日本建築学会大会学術講演梗概集,2024年
  • 3Dプリント造形物へのコンピュテーショナルデザインの適用(その2.3Dプリンティングで造形するベンチへのジェネレーティブデザインの適用),日本建築学会大会学術講演梗概集,2024年
  • 3Dプリント造形物におけるオーバーハングの限界角度に関する実験的研究,日本建築学会大会学術講演梗概集,2024年