01

 ラン藻は環境ストレスを受けると様々な二次代謝物質をつくり出します。ラン藻が紫外線照射ストレスから自身を保護するために細胞内に蓄積する紫外線吸収物質「マイコスポリン様アミノ酸(mycosporine-like amino acid, MAA)」もその一つです。ラン藻だけでなく菌類、藻類、地衣類などが MAA を蓄積することが知られており、これまでに 70 種類を超える MAA の化学構造が報告されています。MAA は UV-A および UV-B 領域の波長を効率的に吸収して無害化する性質をもっています。UV-A および UV-B 領域の波長は日焼けや日焼けによる炎症の原因となるため、MAA は天然由来の日焼け止め成分として製品化されるなど、注目をあつめている機能性化合物です。
 ラン藻において、MAA は紫外線照射ストレスだけでなく塩ストレスや温度ストレスなどの様々な環境要因によって誘導されます。私たちは、高塩濃度、高照度、高温などの特殊環境に生息するラン藻がつくり出す MAA の解析を進めています。これまでに、これらのラン藻株における MAA の生合成経路の制御機構を明らかにするとともに、MAA が抗酸化作用、抗糖化作用、コラゲナーゼ阻害作用などの優れた肌質改善効果を示すことを報告してきました。ラン藻の MAA 生合成遺伝子を利用して、MAA を大量に生産可能な微生物の創出を目指した研究も進めています。

景山伯春 (2024)
『マイコスポリン様アミノ酸入門 増訂第2版』
三恵社

Kageyama H. (2023)
『An Introduction to Mycosporine-Like Amino Acids』
Bentham Science Publishers

02

 最近、私たちは九州地方の一部で古くから高級食材として流通している日本固有のラン藻株、スイゼンジノリ(学名 Aphanothece sacrum)が新規な紫外線吸収物質をつくり出すことを発見しました。この物質は、これまでにラン藻類で見つかっているMAAなどの既知の紫外線吸収物質とは構造が全く異なるものでした。私たちはこの物質をサクリピンと名付け、その性質や生合成経路を目下研究中です。
 サクリピンにはシス-トランス異性の関係にあるサクリピン A およびサクリピン B の2つの構造が存在することが分かりました。サクリピン A およびサクリピン B は UV-A および UV-B 領域の波長をよく吸収した上に、アンチエイジングに寄与する抗酸化活性・抗糖化活性を示しました。また、肌質改善作用として、エラスターゼ活性阻害、チロシナーゼ活性阻害、メラニン生成抑制作用、コラーゲンおよびヒアルロン酸の産生促進作用を示すことも分かりました。光照射および熱に対して化学的に安定な化合物であることを実証し、細胞毒性も認められなかったため、サクリピンはスキンケア化粧品への配合剤として有望な天然由来化合物です。スイゼンジノリの乾燥工程中にサクリピンが生じることや、光照射処理を施すことで起こる異性化反応によってサクリピン A をサクリピン B に変換できることなど、サクリピンの合成プロセスの一端も明らかになりました。

PCT国際出願:PCT/JP2024/020712「紫外線吸収剤、抗酸化剤、抗糖化剤、皮膚外用剤、化粧料、化合物の製造方法、及び化合物」
特許出願:特願2024-137649「肌質改善剤」
特許出願:特願2024-231614「血圧上昇抑制剤」

03

 ラン藻は地球上の至るところに分布しており、中には砂漠や塩湖などの極限環境でも生育できる種が存在します。例えば、イスラエルとヨルダンにまたがる塩湖から単離された Halothece sp. PCC7418 株は非常に高い塩濃度環境下でも生育が可能なラン藻です。このような耐塩性ラン藻は細胞内部の浸透圧を細胞外環境の浸透圧とあわせるために、グリシンベタインという浸透圧適合溶質を生合成して細胞内に高濃度で蓄積します。また、トランスポーターが積極的に有害なナトリウムイオンを細胞外に排出する機構をもっています。
 私たちは、耐塩性ラン藻の浸透圧適合溶質の生合成経路の制御機構やトランスポーターの性質などに注目して研究を進めています。これまでグリシンベタインを大量につくるために必要なグリシンの供給機構や生合成に必要なエネルギーの生産機構が不明でしたが、網羅的な遺伝子発現解析によってグリシンの生合成につながるアミノ酸代謝経路やエネルギー生産に関与する遺伝子の多くが塩ストレスに応答して発現上昇することを見出しました。また、蛋白質の恒常性を維持するシステム(蛋白質の合成と分解)の構成遺伝子も強く誘導されていることが明らかになりました。このことから、耐塩性ラン藻は塩ストレスを感知すると主要な代謝経路を活性化し、高塩濃度ストレスに適応していると考えられます。
 耐塩性ラン藻だけでなく、乾燥耐性や高温耐性などのストレス耐性をもったユニークなラン藻株の研究も行っています。

Waditee-Sirisattha R, Kageyama H. (2025)
『Halotolerance in Cyanobacteria』
SpringerNature

Kageyama H, Waditee-Sirisattha R (eds). (2022)
『Cyanobacterial Physiology: From Fundamentals to Biotechnology』
Elsevier