名城大学人間学部の専門科目「英語圏文化研究」でも少し触れていますが、英国のスコットランド地方のあたらしい民俗音楽を紹介します。「民俗音楽」という古くさい名称を裏切ってくれるような、最新のテクノロジーと融合されたダンスミュージックとして、かなりクールな作品が多数リリースされています。
私は基本的にハウスやテクノといったダンスミュージックを好むリスナーで、民俗音楽の熱心な愛好家ではありません。そんな私でもこれはいい!と思えるスコットランドの「ネオトラッド(neo-trad)」と呼ばれるようなあたらしい民俗音楽を紹介します。
あくまで私の趣味ですので、網羅的なカバーは目指していません。ほかに良き音楽をご存知でしたらぜひ教えてくださいませ。
Valtos (ヴァルトス)
スコットランド北西部のスカイ島を拠点とするグループです。スカイ島生まれのマーティン・マクドナルド(Martyn MacDonald)とダニエル・ ドハティ(Daniel Docherty)が結成しました。
スコットランドの伝統的な民俗音楽を、テクノやハウスといった最新のダンスミュージックト融合した作品をリリースしています。2022年にはスコットランドの伝統音楽賞(Scots Trad Music Award)を受賞しました。
僕はこのValtosを、アメリカのシアトルを拠点にスコットランドの文化と音楽を紹介している『Simply Scottish』というポッドキャスト番組を聞いていて、偶然知りました。
この伝統的な民俗音楽とテクノの融合という分野の先駆者には、マーティン・ベネット(Martyn Bennett)がいますが、彼については私が論文で書いています(2024年出版予定)。
Talisk(タリスク)
Taliskはトリオで活動しているグループで、シンプルな生演奏をベースにながら最高にグルーヴィでダンサブルな作品を奏でている新世代の民俗音楽バンドです。
上の動画はゆったりとしたリズムで始まりますが、ぜひ少し我慢して3分過ぎまで聞き続けてみてください。もう止められなくなると思います。
メンバーは入れ替わりがあり、バンド設立から残っているメンバーはグラスゴー出身で小さなアコーディオンのような楽器・コンチェルティーナを演奏するモフセン・アミーニ(Mohsen Amini)だけです。名前から推察されますが、イラン系のお父さんとイングランド系のお母さんの間に生まれたスコットランド人とのことです。上の動画ではバンド設立メンバーの女性ヘイリー・キーナン(Hayley Keenan)が演奏していますが、2024年現在では男性のフィドラー、ベネディクト・モーリス(Benedict Morris)に交代しています。ギターは、バンド設立時のクレイグ・アーヴィングが脱退後に加わったグレイム・アームストロングがさらに脱退し、2024年現在はチャーリー・ギャロウェイ(Charlie Galloway)が参加しています。
Fourth Moon(フォースムーン)
フォースムーンはスコットランドのバンドというよりは、インターナショナルなバンドですが、Taliskの中心メンバーであるモフセン・アミーニ(Mohsen Amini)が参加していた関連バンドとしてここで取り上げます。
上の動画(「Celestial」)の多幸感に溢れる演奏の様子をぜひご覧ください。目まぐるしく三転・四転する複雑な曲で、最高のダンスミュージックであり、現代的な民俗音楽になっていると思います。
四つの(フォース)という名前の通り、四人のそれぞれに国籍が異なるメンバーによるバンドです。女性ヴォーカルが加わることもあります。
メンバーは入れ替わりがあり、モフセン・アミーニはすでに参加していません。代わりに2024年現在ではスコットランド人でアコーディオンのアンドリュー・ウエイト(Andrew Waite)が参加しています。他のメンバーはオーストリア人のゲザ・フランク(Géza Frank)が笛、フランス人のジャン(Jean Damei)がギター、イタリア人のダビデ・ロンバルディ(David Lombardi)がフィドルを演奏します。この4人に加わる女性ヴォーカルは、スコットランド人のエインズリ・ハミル(Ainsley Hamill)です。
Griogair Labhruidh (グリガー・ラウリー)
スコットランドのハイランド・バグパイプの演奏家であり、スコットランド・ゲール語でラップを披露することで有名になったミュージシャンです。うたも歌います。
バグパイパーとしてAfro Celtsに参加したり、2015年にはスコットランドの伝統音楽賞(Scots Trad Music Award)を受賞しているので、Valtosなど近年のバンドに比べるとだいぶ先輩です。
ところで彼のお名前。私が英語で聞き取ったところ「グリオゲア・ラブルイド」となったのですが、スコットランド・ゲール語に堪能な先生に伺ったところ「グリガー・ラウリー」とのことでした。カタカナ表記は難しい。いずれラウリーご本人に伺いたいものです……。
GLIN (グリン)
ホイッスルやバグパイプを演奏するアリ・レヴァク(Ali Levack)とインヴァネス出身のギタリスト、クレイグ・アーヴィング(Craig Irving)のバンド。クレイグ・アーヴィングはオーストラリアに住んでいた15歳の時からギターを始めた、とWikipediaに記載があるので、スコットランドに生まれ、オーストラリアで育ち、またスコットランドに帰ってきたという経歴のようです。アーヴィングはTaliskなど他のスコットランドのネオトラッドバンドに複数参加した経歴があり、関連するバンドにProject Smokもあります。GLINとしてのリリースはアルバムはなく、シングルのみのようです。各種サブスクでも聞くことができます。
Gnoss (グノス)
4人組のバンドです。ヴォーカルとギターのエイダン・ムーディ(Aidan Moodie)、フィドルのグラハム・ロリィ(Graham Rorie)、笛のコナー・シンクレア(Connor Sinclair)、スコットランドやアイルランドで使われる太鼓であるボズラン(bodhrán)などパーカッションのクレイグ・バクスタ(Craig Baxter)。2024年現在でアルバムを3枚リリースしています。
Mike Vass (マイク・ヴァス)
インヴァネス近郊の港町・ネアン出身。フィドルやギターの演奏のほか、作曲や編曲でも活躍する。
Duncan Chisholm (ダンカン・チザム)
インヴァネス出身のフィドラー。フォークロックバンドであるウルフストーン(Wolfstone)の中心メンバーでもある。というか、1989年デビューのウルフストーンはスコットランドのトラッドシーンではかなりベテランで、有名(日本では無名なんでしょうか?)。スコットランド留学中にウルフストーンのインディーズ盤を現地で買い集めたのは良い思い出です。そんな彼のソロ名義です。
MÀNRAN
ÍMAR
RURA
Mec Lir
あとがき
スコットランドのネオトラッド、盛り上がってます。自分で普段、Spotifyなどでプレイリストを聞き流しているだけだと情報をまとめたりしないので、あらためて勉強になりました。
日本語のウェブやSNSを見てまわっていると、スコットランドとアイルランドをあまり区別せず・・・というか、スコットランドをアイルランドと混同して・・・音楽を紹介している人を見かけます。どちらの伝統音楽も世界的に「ケルト音楽(Celtic Music)」としてマーケティングされたので、仕方のないことだと思います。
細かく調べていくとわかるんですが、スコットランドの伝統音楽コミュニティの中で、若い世代のミュージシャンがくっついたり離れたり掛け持ちしたりで、複数のバンドができていることがわかります。狭い世界といえば、狭い世界かもしれません。
こうしてまとめてみると、アイルランドと比べても、スコットランドはとても男性的なミュージシャン・コミュニティであることが、気になると言えばなります。
人名をどうカタカナで表記するのかは、いつも悩みます。究極的には「本人に聞かないとわからない」のですが、本人が言っているからといってそれが「正しい」というわけでもありません。(例えば、フランス語圏のCharles はシャルルと呼ぶべきですが、本人はチャールズと呼んでくれと言っているような場合でも、記事で人名として表記する際にはシャルルとするべきでは?という、F1ドライバーのシャルル・ルクレールをめぐる日本語圏での論争が脳裏をよぎります)
いわんやここで紹介しているようなスコットランドのミュージシャンは、そもそもカタカナで表記されたことがない人たちが多いです。しかたがないので慣例に従ったり、私がYouTubeなどで聞き取ったものをカタカナ化していたりします。原語のアルファベットをを併記しておきますので、みなさんカタカナ表記は参考程度にしてください。